オウム真理教とは・・・

オウム真理教は、昭和59年に麻原彰晃こと松本智津夫被告が発足させたヨガサークル「オウム神仙の会」を母胎とし、昭和62年にオウム真理教に改称、平成元年当時には、積極的な布教活動もあり、最盛時約1万人の信者を擁していました。

地下鉄サリン事件

◇「3大事件」の主な被告の裁判状況
弁護士 松本 地下鉄
松本 智津夫 地裁死刑判決
中川  智正 地裁死刑判決
土谷  正実 地裁死刑判決
横山  真人 地裁死刑判決
林  泰 男 地裁死刑判決
豊 田  亨 地裁死刑判決
広瀬  健一 地裁死刑判決
杉本  繁郎 地裁無期懲役判決
垣 本  悟 地裁死刑判決
中 村  昇 地裁無期懲役判決
新実  智光 地裁死刑判決
遠藤  誠一 地裁死刑判決
井上  嘉浩 高裁死刑判決
岡崎  一明 最高裁死刑確定
外崎  清隆 高裁無期懲役判決
北村  浩一 高裁無期懲役判決
早川 紀代秀 最高裁死刑確定
林  郁 夫 無期懲役確定
冨 田  隆 懲役17年確定
※「弁護士」は坂本堤弁護士一家殺害、「松本」は松本サリン、「地下鉄」は地下鉄サリンの各事件。●は殺人罪、○は殺人幇助罪で起訴。



しかし、その一方で、オウム真理教は、次第に教団に敵対する人々の殺害と国家権力の打倒を目指すテロ集団と化していきました。


オウム真理教は、平成元年から、組織的にリンチ殺人事件、営利略取事件などのほか数々の事件を引き起こしました。特に、平成元年に
「坂本堤弁護士一家殺害事件」を引き起こし、平成6年の「松本サリン事件」、翌7年の「地下鉄サリン事件」は、毒ガス・サリンを用いた無差別 大量殺人事件であり、我が国ばかりか国際的にも犯罪史上例をみない、残虐きわまりないものでした。未だにサリン被害の後遺症に多くの方が悩まされているなど、事件の爪痕が深く残されています。


警察は、これまでに、松本を始めとするオウム真理教幹部ら合わせて500名以上を検挙しました。
しかし、警察庁指定特別手配被疑者の2人
     
高橋 克也
     
菊地 直子
は、依然として逃走中です。


オウム真理教は、「アーレフ」と名称を変更した現在も、反社会的な本質に変化はなく、依然として松本の絶対的影響力が強く、同人が確立した教義を堅持しています。

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